2008年04月27日

[日本モデリスト協会]に行ってきました。

2/27(日) 薄曇り

[本日朝食後の血圧 131mmHg/86mmHg...またしても帰り道の記憶がない...]

(昨日の午後...)
[日本モデリスト協会]に参加する為、新宿の文化学園に向かいました。

文化食堂.jpg

今回は総会の後、銀座テーラー社長の記念講演が開催されます。
会場入口で東スタチームとバッタリ!!。並んで座りました。

稲井田征会長の議事進行による総会が恙無く終了後、記念講演が始まりました。

<専業主婦から女性経営者へ>
脱テーラーの挑戦!
更なる飛躍を目指して銀座老舗を企業再生


銀座テーラー代表取締役社長 鰐淵美恵子(わにぶち みえこ)さんの
講演が始まりました。
以下簡単に内容を紹介させていただきます。

「老舗こそ挑戦者であるべき」

(生い立ち)
大阪の菓子問屋に生まれました。先代が[寒露あめ]を全国に売り歩き
広めましたが、亡くなられた後すぐ取引先が次々に大手菓子メーカーに取って代わり、問屋機能の消失を「いらなくなったものは無くなっていく」と実感しました。
テーラーの歴史を振り返りますと、昭和20〜30〜40年代とどこの街角にもテーラーがありまして、みなさん"服を仕立てる"生活をしていました。
銀座テーラーの二代目と結婚して主婦となりましたが、その当時はそれこそ服を作れば売れる時代でして、その後に押し寄せたバブルの波は可笑しなもので[洋服のお仕立て券]が飛ぶように売れました。毎朝会社が始まりますと電話がジャンジャン鳴りまして、企業様から「数十万のお仕立て券を20枚」というような注文が相次ぎ、朝の1時間で1日の売上げが立ってしまう程でした。営業は顧客を回る必要もなく、次第に顧客リストが企業リストに変わっていきました。
バブルがそう長く続くわけがありません。バブルが弾けますと、恒例であった朝の電話は1本も掛かってくる筈もなく、手元にあるのは企業リストのみ。業績は急激に悪化しました。
ある日、店のトップ営業マンが突然退職しました。その際「奥さんがお店に入るべき」と言い残していきました。その後どん底の92年、男社会に入社しました。自ら営業目標を設定し、朝から晩まで売り歩きました。しかし日中出合うのは奥様ばかり。そこで何とかレディースを提案できないものかと思案しましたが、当然の如く賛同者はいませんでした。しかし職人さんは"1着縫って幾ら"の世界です。売れない時代ですから「奥さん婦人服でもいいから売ってきてよ」と手を挙げてくれる裁断士と縫製職人が現れまして、私と3人でレディーススーツが確立しました。
メンズに生地、テーラーの技術によるレディーススーツ。従来の紳士服は固くしっかりして10年でも着れる服でしたが、そこにレディースの柔らかい生地を導入したのです。その後訪れるイタリア服のソフト感にも、この先立って確立したレディースの技術が対応しました。

(第2の創業)
NBCとう懇意にしていただいてる会で、[銀座テーラーの再生]というサブジェクトが提案されまして、翌日には「銀座テーラー再生プロジェクト」とうA3のFAXが送られてきました。
「まさにコレだ!!」とそれに基づいて、社員全員と面談して経営理念と基本方針を伝えました。その時、職人さんはどうしても残したいと願いまして、お陰様で1人も欠けることなく現在を迎えています。
従来の30万円を越えるオーダーメイドの服を、ミシン工程を増やす事でコストを半分以下に抑えた[サムライ]を開発。これがインターネットを通じて普及が拡がり、売上げの1/3を占める収益の柱になりました。

(Something New 、Something Different)
ブランディングはピラミッドだと考えています。頂点は100万円はするオーダーメイド服ですが、その下に[サムライ]を置き、底辺には[オーダーメイドジーンズ]を開発し、また気軽に立ち寄れる[男性美容]を始めました。これにより30〜40代の若い顧客を獲得できまして、[銀座テーラー]というブランディングの裾野の拡がりに成功しました。

(日本テーラー技術学院とテーラーギルドの創設)
職安に裁断士を募集した事がありまして、裁断士という職種はすでにありませんでしたが(笑)50名の応募の中、49名がパタンナー希望でした。その人達は一様に「洋服の作り方(工程)を見たことがない」と話していました。
とにかくこのテーラーの技術を伝承しなければならない!!と思い立ちまして「日本テーラー技術学院」を創設しました。2クラスでスタートしましたが、今年は6クラスに拡大しました。
そして昨年には業界の共存共栄を目的とした交流の場「テーラーギルド」を創設しました。

(メディアとインターネットの活用)
私は昨年、130回の取材・講演依頼を受けました。3日に1回は何らかのカタチで露出していました。私が広告塔となって[銀座テーラー]を認知したお客様が[HP]を確認し、購買に結びつくという流れになった結果、弊社の売上げは2007年度30%増、2008年度38%増、2008年度は半期で89%増という結果を見出す事が出来ました。。。


【講演後記】
講演での最後の部分、メディアとインターネットの活用はウンウンと頷くほど
共感を得ました。
弊社も今年、新聞取材5回、講演1回と今までにない露出をして、その効果たるや
絶大なものとなっています。
やはり常に情報発信する重要性を痛感しました。
そこから多くの出会いが生まれますから。

【追伸】
懇親会場にて鰐淵社長と名刺交換&並んで1枚パチリ♪

鰐淵社長と.jpg

鰐淵社長お若いです!!。
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2008年02月26日

2/25,繊研新聞より

2/26(火) 曇りのようです。

[本日起床時の血圧 129mmHg/83mmHg...基準内]

(昨日...)
用事があって新高円寺さんに電話をすると、現在某大手アパレルから依頼があった
サンプルを納品中>>>とのコトでした。
4着作成するのに延べ150時間以上もかかったとか!!。
「仕方ないからサンプルコストは時間数で見積もりしたよ」と言ってました。
まさに弊社がそれなんです。
既存の取引先からの依頼の場合、試行錯誤を繰り返しながら何シーズンもお付き合いして
コンセンサスをとり、ブランドの特徴・各パタンナーさんのクセ等を熟知した上で、
このジャケットならばコレくらいのコスト...という着地点が見出せるわけで、
[初めてのお客様の製品をカタチにする]という仕事は、想像以上に大変なコトなのです。

弊社の場合は...
まず統一ルールのないパターン&仕様書を社内仕様にする変換する仕事からスタートします。
作成過程において、それらの不備による作業の中断・遅延は多大な損失を
生じてしまいます。
全て失敗の許されない1点1点ですので、入り口での気の遣いようといったら
並大抵のコトではありません。
ですので...
弊社でサンプルを作成する場合、設計の段階からコストが発生します。
送り手と同じイメージを持つコトに注力しています。
時には縫製時間数よりも設計時間数がかかる場合もあります。
ご了承下さい。。。

でも...
現在進行中のヨーロッパチームは、デザイナー自ら弊社を訪れ、同じ土俵で
直接現場とすり合わせをして、ブランド観を共有する努力をしています。
これ、非常に重要なコトです。作り上げる弊社全ての手に、想いが込められます。

(昨日の繊研新聞を見ていますと...)
所属しています[日本モデリスト協会]の稲井田会長がコメントを寄せています。

稲井田さん.jpg

シリーズ企画となっている[外国人研修制度]についてですが、縫製工場にとって
かなり刺激的な内容になっていました。

ありがとうございます!!。

二友会メンバーでも危機感を持って、新たな取り組みをしている工場があります。
縫製工場からの脱却、しかし縫製を根底においた事業展開...
各工場が様々な切り口で突破口を見出し、そのノウハウを共有&融合し
強力な縫製工場グループの再生を目指す。。。

また新高円寺さんに電話をして熱く語り合いました。

ボクの夢は...

ヨーロッパ行きます!!。
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2007年11月25日

日本モデリスト協会「第7回技術研修会」A

11/25(日)  本日も快晴♪

[本日8:30の血圧 143mmHg/99mmHg...やっと100を切ったアベレージゴルファ〜]

(技術研修会の続き...)

講堂@.jpg

【第2部 実演】

「ピーコートの全て」
講師・ 潟hレッサージュ代表取締役 繁田 勇氏

前半/パターン解析、後半/実技 の2部構成です。

[パターン解析]
☆弛みについて
地球の円周/約4万kmに1m弛みを加えたロープをぐるりと巻いたと仮定すると、
地表面とロープの間には1/2π(≒1/6) = 約16cmの隙間が生まれます。
これは、どんな大きなものでも一定の隙間が生まれるという例えですが、
この考え方がパターンを設計する際の基本となります。
それに基づいたものが、下記の「メンズウェア原型サイズ割り出し表」となります。

原型サイズ割り出し表.jpg

総丈とは...第7頚骨から床までの寸法の事ですが、ちょうど顎下の位置にあたるので、
身長から顔の長さを引いた寸法として割り出しても良いでしょう。

☆袖山の高さ
どこにも皺がないストンと落ちた袖は、袖山がAH/3の高さが必要となります。
これはテーラードジャケットに用いますが、カジュアルジャケットの場合は
袖山がAH/4の高さとなり、シャツの場合は袖線が肩傾斜の延長線上で良いので
袖山はAH/6の高さで十分となります。

1940年代のピーコート

US NAVYのピーコート.jpg

ピーコートとは...
厚手ウールのダブル前で腰丈の外套(オーバーコート)である。
イギリス海軍が艦上用の軍服として着用していた。オランダ語で
ラシャのコートを意味する pij jekker(ピーヤッケ)が語源と言われている。
英語では pea coat と呼ばれる。パイロットコートとも云う。
幅広のリーファーカラー、手を温めるために縦に切り込みを入れたマフ・ポケット、
錨をあしらったボタンなどが特徴。
艦橋や甲板などの厳しい気象条件で使用することから、風向により
左右どちらでも上前を変えることが可能となっている。
片方のボタンが破損してももう片方で止められるという冗長性確保の意味もある。
peaとは、錨の爪の意。
(Wikipediaより引用)

こちらは1940年代のUS SAILORS WARMER JACKET と呼ばれるもので、
錨のマークの釦と、両前のラペル、マフポケットが特徴となります。
各国海軍によって微妙にデザインは変化しますが、機能的には大差はありません。

原型を基にアレンジしたピーコート

現代版ピーコート.jpg

前述のピーコートを参考にアレンジを加えたピーコートです。

まずは1枚袖を2枚袖に変更しました。
続いて裏地に持ち出しをつけて、マフポケットの袋布を収めました。

持ち出し裏.jpg

[実技]
衿作りと箱ポケット作りの実技に入りましたが、
素材の色が暗い為にモニターではよく分からず、
後日発売予定の[技術研修会DVD]を待つ事にします。


(17:00〜1階の食堂に移動して、懇親会がスタートしました)
懇親会会場.jpg

乾杯の発声の後、懇親会スタートです♪。

前回お世話になった内藤勇先生と黒川昭夫先生にご挨拶...
内藤先生とは、ひょんなところで繋がっていました!!。

10数年ぶりに、東スタのパタンナー森島和樹さんと再会!!。
今も現役で従事されているとのコト。

後を振り向くと、ナント現在お世話になっているYOSIE INABAの
パタンナー大島さんがいらっしゃいました。ビックリ!!。
運営委員の小倉万寿男さんに師事されていたとのコト。
一度小倉先生とお話ししたかったので
2次会で大島さんを介してお話しさせていただきました。
感謝!!。

(有)アンティフリーズの岩井正博社長ともご挨拶。

岩手モリヤの森奥信孝社長とは、2次会にて久しぶりの再会!!。
ガンガン飲まされました。

その他大勢の方と、名刺をサブホルダーから再充填するほど
名刺交換&お話しをさせていただきました。

ただ残念なコトは...
前述の方々と運営委員の樺メ洋装店の辻庸介社長、
(有)ファッションしらいしの白石正裕社長と、
二友会の若大将/潟Aトリエいしくらの石倉崇之社長
しか縫製工場は出席していません。
もっと表に出ていろいろな人達と交流を持つべき、情報発信するべきです。

素敵な出会いに感謝♪

フラフラニナリナガラ...ジタクニタドリツイタモヨウ...
帰巣本能に感謝 (^_^;)
posted by ミズミズ at 10:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本モデリスト協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月24日

日本モデリスト協会「第7回技術研修会」@

11/24(土)  本日も快晴、でも寒そ

[本日9:00の血圧 153mmHg/103mmHg...諦めの境地]

(昨日)
新宿の文化学園で開催される、日本モデリスト協会
第7回技術研修会に向かいました。

(途中秋葉原にて...)
小腹が空いたので、本日の長丁場に備え飛び込みました。
秋葉原駅の立ち食い蕎麦屋.jpg
注文したのは「ミニかき揚丼セット」♪
ミニかき揚げ丼セット.jpg
10数年前の営業マン時代を思い出します。。。

(12:40 文化学園到着)
会場の20階大ホールに向かいます。

文化学園.jpg

今回のテーマは、

時を越えて今蘇るトラディッショナル

第1部 基調講演 「トラディショナルなアイテムの背景」

第2部 実演 「ピーコートの全て」


です。

講堂@.jpg

第1部 トラディッショナルなアイテムの背景
講師・(有)石津事務所代表取締役 石津 祥介氏

石津祥介氏は、1960〜70年代に一世を風靡したVAN JACKETの創設者
故石津謙介氏の長男で、ずっとVANを支えていらっしゃる方です。

(以下、講演内容にさっと触れてみます)

「たかが洋服、されど...」

☆和服の復活
日本人は、服に対して理屈が多すぎます。その結果、数多くの技術・デザインが生み出されましたが、一番の戸惑いはその洋服を着る方の着こなしです。街を歩く人々のレベルが、世界でもトップレベルになってしまいました。
しかしその一方で、一番大事な呉服・和服を捨ててしまった特殊な民族でもあります。これは世界の一流国では見当たらない事ですし、これがこれからの日本の課題であると言えるでしょう。
その風潮の中でも、最近は若い女性が目立つ手法として、花火大会などの行事に浴衣を使い始めました。それも下はハイヒールを履いたり丈が短かったりと変化していますが、和服の復活と喜びたい事です。
伝統を大切にする...という事を文化を守る事と錯覚し、高級志向となって一般庶民から離れてしまった和服ですが、この傾向は歓迎したいものです。伝統業界からは目を背けられますが。

☆なぜオシャレをするのか
オシャレは、男女の性差があって誕生するものです。あるいは同性の中での競争心から生まれてきます。大昔から若者のファッションは大人から批判されますが、これに対しては[古い物差し]で批判しない事です。若者は、批判するとそこから活力が湧いてくるものなのです。
ファッションの出始めは、批判の度合いによってそのファッションが広がるか広がらないかが決まります。

☆時代がサイズを作っている
正しいJKは前釦を留めた時に握りこぶしが1つ入るもの」とう父の教えがありました。但し、本当にサイズが合う服というのはないものです。洋服のサイズは流行りが左右し、時代がサイズを作っているのです。
これは外に見えるものの場合であり、フィットしているサイズは下着であり、こちらに関してはサイズに対して正確且つ厳しい要求が求められます。
常に標準となるもの(スタンダード)を「トラッド・トラディショナル」と位置付けますが、この標準に対して流行は太い・狭い・長い・短いと変化します。

☆女性服について
女性服は、男服の考え方に即した服と外した服に大きく二別されます。
即した服とは、同じような目的の為に着る服で、オフィスウェアに代表されるような自然と男服の伝統を引き継いでいます。
外した服とは、1人1人の個性に合わせる服であり[創作服]であると言えます。これは男服にはありません。

☆ユニクロに見受けられるスタンダード
ユニクロさんの商品群の中に、唯一VANの現場になかった服があります。これは[フリース]です。当時フリースという素材は存在していなかったからですが、老若男女を問わずに着れる服[フリース]は、日本で最もスタンダードな服だと言えます。ただスタンダードの確立にはもう少し年月を必要としますが。
父は、流行になって欲しくない、一般大衆に着てもらいたい服を作りたい...との思いから、当時アメリカで流行していた手法を取り入れたVAN JACKETを創設しました。ただ当時は、戦後の日本にベースが何もない時代でしたので、意に反して大流行してしまいましたが。

☆創業当時を振り返って
私が中学時代の昭和24〜25年代、住まいの1階の六畳間に職人さん達が入って1着ずつ服を作り始めました。その完成した服を、父は大阪の心斎橋あたりのお店に直接売りに行き、その売ったお金を持って順慶町の問屋街で生地を買って帰るという毎日でした。
[ノータックパンツ]の製作は、試行錯誤を繰り返し苦労しましたが、[ボタンダウンシャツ]に関しては、当時アメリカに輸出をしていたと山の工場に作成依頼をして事なきを得ました。
[VAN]の前は、[ケンタッキー]というブランド名でした。これは設立メンバー3名の中の高木さんのタカキと石津謙介のケンを合わせたもので(笑)、当時はまぁみんなそんなものでしたね(大笑い)。

☆服はどこへ
服作りは、裁断〜縫製という工程を経て完成しますが、近い将来には例えば「カタチの中に溶かして作るような服」であるとか、「スプレーで直接肌に付着させる服」などという縫製を必要としない服の技術が開発される事でしょう。そういう服が出現しても不思議ではありません。
最近の男服は、スタンダードを知らずに服を変化させています。女性
服に関しては、スタンダードはとっくの昔に離れてしまっています。その中でも、[自分だけが崩したくないスタンダードのある服]が、それぞれのデザイナーの考え・主張となって表れます。
男服の場合、ルーツをどこまで残すか、あるいは崩すか、という変え方の加減がデザイナーの勝負どころです。

★最後に...
私達には、日本の男服を工業製品にしてしまった責任がありますが、1点ずつ丁寧に作って売るという素地が、今、日本に再構築されないと日本の良さがなくなるという危機感を感じています。
工業化=マニュアル化された服は、日本で作る意味がありません。メンズ・レディース問わず、
[日本の中で作る意味のある服]
を是非作って下さい。

【講演後記】
講演も終盤に進んだ頃、「ボクの普段着をお見せします。
皆さんはプロの方々ですからここで着替えても平気ですよね。
じゃあ着替えますから」と、おもむろにパンツを脱ぎ始めて
ジーンズに履き替えました!!。

ビックリ!!。

とてもオシャレな方でした。


(続けて第2部は、明日アップします。本日午後から池袋に行って来ま〜す)
posted by ミズミズ at 10:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本モデリスト協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

祝!200回記念!!「両巨匠の来社」

6/6(水)  快晴!。一日中、初Tシャツ!

このつたないBlogも、本日めでたく200件目を迎えました。
ありがたい事にアクセス数も、日に日に増えてきています。

継続こそ力なり!

今後ともヨロシクお願いいたします。
(ということで...)
[本日の血圧 137mmHg/93mmHg...ちょいオーバー、これが現状の平常値か]

(13:00)
先日の、日本モデリスト協会講演会後の打ち上げで、楽しいお話を
聞かせていただいたアパレル業界の巨匠お二方に来社いただきました。

両巨匠.jpg

右/内藤アパレル研究所の内藤勇先生と、
左/文化ファッション大学院大学の黒川昭夫先生です。

今回初めて知りましたが、両先生の出会いは意外と浅く、3年前に
イトキン技術センターに着任した時で、それから毎晩酒を酌み交わしながら、
アタッチメントの開発や縫製技術研究をされたそうです。
各種開発アタッチメントの説明を受けながら、そのようなお話しをされました。
早速、ハンドステッチの針の特殊加工をお願いしちゃいました。
二階の生産現場を案内した後、またいろいろお話をしていただきました。
共通の関心事は、技能伝承です。
これは全産業に言える事ですが、こと縫製業界に関しては、国内生産縮小・
海外流出。。。と、せっかくの培ってきた日本の縫製技術が悲しいことに
今や絶えようとしています。
我々若い世代が、その先人達の技術をしっかりと受け継がなければ今後の
匠の技が途絶えてしまうのです。

これからも積極的に活動し、貪欲に吸収していきますので、両先生
今後とも宜しくお願いいたします。

(追伸)
いただいたお菓子は、案の定3時休みにきれいになくなりました。

お饅頭.jpg

ご馳走さまでした。
posted by ミズミズ at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本モデリスト協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月22日

日本モデリスト協会:講演会〜パーティー〜二次会まで参加しました。

4/22(日)  昨日に続き快晴、但し同様に風強し!!


[昨日の講演会]
文化学園に到着して、会場の教室に上がりました。入り口で「日本モデリスト協会」の本多事務局長とアパレル工業新聞の三宅編集長に挨拶して窓際の席に着席、眼下に広がる穏やかな景色を眺めました。
総会開始直前に入って来られた女性と目が合いました。お互い「あっ!!」と驚きまして、すぐに隣りの席に来られました。10年ほど前に東スタさんでお世話になった斉藤純子さんです。小声でこそこそ近況報告をしてるうちに、総会はつつがなく終了しました。
総会終了後、5分間の休憩をはさんで「記念講演」が始まりました。本日の講師は服飾評論家の「遠山周平」氏です。

「現代スーツの流れ

〜モデリストに求められるもの」


執筆活動がメインで、あまり講演をされない「酒脱自在」の服飾名人:遠山周平氏の貴重なお話を聞く機会を得ました。
(以下、講演内容の簡単な紹介)
ヨーロッパでは、単にデザインだけではなく店舗イメージやビジュアルコントロール、さらに末端の生産ラインまでをコントロールできる人を「モデリスト」と呼びます。彼らは、デザイナーのデザインをどのディティールで、どの素材におとせるかを判断する生産工程の現場監督でもあるのです。
また「モデリスト」と対峙するのが、イタリアでは「スチリスタ」と呼ばれる人達で、彼らは顧客の要請したまったく新しいオリジナルのカタチを作り上げます。
いずれの職種も、古着の分解及び解析を1つの手法としていましす。余談になりますが、日本でも著名なテーラーの職人の方が「自分の作った服が、いつ誰かに解かれるやも知れないから、解かれても恥をかかない様に服を作りなさい」とおっしゃっていました。
現在のヨーロッパでは、モデリスト・スタイリスト・パタンナー等の優秀なスタッフが集合したデザイナーが、良い服を作ると言われています。スポンサーは、新人デザイナーとの契約期間を3年間でして、言うなればその3年間が投資回収期間となります。どんなに著名なブランドでも、回収できない場合は3年でスパッとクビを切られてしまうシビアな世界です。

メンズの流行のお話をしますと、’93は俗に3Gと呼ばれたArmani・Ferre・Versace全盛の時代でした。彼らの服は柔らかくたっぷりの量感のある服でした。素材のテンションを生かす事にポイントをおき、曲線を生み出す為のテープ使いや芯を使わずにドレープ感を出す手法が数多く使われました。
ところが'95に入りますとPRADAがメンズに進出しました。それもたった1冊のカタログにシンプルにまとめただけで...です。
この時代の転換のポイントは、「今ある流行をどう塗り替えるか?、どう陳腐化させるか?」です。

今年は転換期を迎えています。キーワードは「アメリカ」と「1950年代と1980年代」です。
'90ミラノ、'00パリに続いて、現在の主流は「アメリカ」です。GuuciやRalphLaurenに代表される、ヨーロッパの洗練されたフィルターを通した現代のカウボーイファッションが、その顕著な例です。
50年代は「テディボーイルック」、80年代はDCブランド全盛でした。例えばLANVINですと、アウトショルダーにパッドを使用した80年代を思わせる構造的な肩ですが、製品洗い加工をそていまして、「贅沢だけど気軽に着れる服」を表現しています。
またBOTTEGA VENETAのデザイナーTomasMaierは、新たなレジャースーツというジャンルを開拓しました。上下異素材でも風合い・トーン(色の濃さ)を揃える「ワントーン・コディネート」で、スーツとしての関連性を持たせて提案しています。
今最も刺激を受け、注目しているのがアメリカのThomBrowneです。

結論を申し上げますと、この「キーワード」のどの部分をどのように表現・テイストを感じさせるかが、「モデリスト」に求められている部分なのです。

余談になりますが、信州大学の繊維学部感性工学科の「菅原徹」教授が、「笑顔の研究」をされていまして、<黄金比>というものが存在するそうです。<黄金比>は遥か大昔からありまして、人間が見て最も美しい形です。身近なもので言えば「名刺」がその代表例で、縦:横比が1:1.6180がその<黄金比>になります。例えば人の顔の目のラインと口のラインで四角形を作りますと、無表情の時は1:4ですが、笑顔になりますと1:1.6(近)となり<黄金比>に近づくのです。。。

〜拙い文章ですが、遠山周平氏の講演は以上のような内容でした。ありがとうございました。


講演終了後、会場を地下に移して[懇親会]が始まりました。小腹も空いていたので早速食事を取りに行きまして、赤ワインと共にたっぷりと頂きました。
そして二次会へ...アパレル業界の重鎮の方々にいろいろとお話を聞かせていただきまして、大変有意義な時間を過ごす事が出来ました。
日本モデリスト協会が一貫として取り上げている「パターンと縫製のマッチング」について、これからも諸先輩方から教えをいただきトコトン勉強して突き詰めて行きたいと思います。



[本日]
午後、おなじみ原宿の「RIFF」にヘアカットに行きましてから帰り道に、
三河島駅のすぐ近くのお気に入りのケーキ屋さん「苺屋」に寄りました。

苺屋.jpg

5種類のケーキとマカロンを購入して自宅へ戻りました。

苺屋のケーキ.jpg

[さてと、本日の夕飯のメニューは・・・]

今夜のメニュー.jpg

@叙々苑も真っ青になる手作り特製ゴマ油のドレッシングのサラダ
A特製隠し味を加えた黄金チャーハン
B広島の高橋くんから貰った棒ラーメン「とんこつ味」

の中華シリーズです。
posted by ミズミズ at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本モデリスト協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

日本モデリスト協会の講演会に初参加(するまでの道のり)

4/21(土) 快晴!やっと4月下旬の暖かさになった


[本日は出勤土曜日]
午前中に納品業務をサクッと済ませてから、クルマから
電車に乗り換えて、新宿に向かいました。
午後から、先日入会しましたばかりですが早速
[日本モデリスト協会]の講演会に初めて参加します。

[日比谷線秋葉原駅にて]
とてつもなく怖いモノに遭遇しました。。。
電車を下りてホームを歩いていると、遠くに短パンを履いた
五分刈りのおじさんを目撃。
「白い脚だな〜今日は暖かいから短パンなのかな〜」
と思いながら近づくと...
ナッ!ナッ!ナント!
おじさんが履いていたのは短パンではなく、
ミニスカートでした。しかもマイクロミニ。
目を合わせる事も写真を撮る事も出来ず側方通過...。
10mほど離れてやっと振り返ると、前屈みになって
自販機から飲み物を取り出す所でした。
一番見たくない場面を見てしまいました。

恐るべしAKIHABARA!!


新宿駅のホームに降り立ち、新南口から出ますと今、旬なお店が現れました。

VhKONNE.jpg

宮崎県のアンテナショップ「新宿みやざき館 KONNE」です。
知事効果で、店内に入る行列が出来ていました。
その先を歩いていくと...
まるでディズニーリゾートさながらの長蛇の行列が...

KrispyKreme.jpg

今話題のドーナツ「KrispyKreme」です。
講演会まで時間があるので、多少の行列ならば並んで買おうと思っていましたが、
これじゃ〜絶対ムリ!!。

強風のビル風の中、会場の「文化学園」に向かいました。


講演の詳細は、明日アップします。
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2007年04月18日

目から鱗のDVDが2枚

4/10(水)  雨時々パニック(でも努めて冷静に)


この度、「日本モデリスト協会」に入会しました。
「二友会」現会長でもある「ファッションしらいし」の白石社長に触発され、
さらなる縫製技術のレベルアップを目指して勉強しなければいけない!!
と考えたからです。
今週末の総会に初参加しますが、まずは協会が発売している技術研修会
のDVDを2枚購入しました。

ZpCcuc.jpg

T 「第5回技術研修会資料:岩手モリヤ(工場見学)」
         と
U 「第6回技術研修会資料:@MADE IN JAPANの価値と日本のジーンズの競争力
                  Aミスマッチの克服」です。

Tの「岩手モリヤさん」は、日本を代表する縫製工場です。森奥社長とは一昨年お会いして
いろいろお話を聞かせていただきました。その森奥社長の会社をこちらにいながらにして
工場見学できる、非常に価値あるDVDです。
出来上がった製品の形こそ同じに見えますがその縫製仕様(方式)は各社各様で、
時間が経過すると顕著にその違いが現れてくるというのが
Uの「Aミスマッチの克服」で詳しく解説されています。
A,B,Cとそれぞれ手の加え方の異なる同一素材&パターンで検証しています。
先日、白石さんの会社に訪れた際に、実際の現物作品を見てきましたのでさらに
よく分かりますが、結論から言いますと...

「どれだけアイロンテクニックを駆使したか」

という事です。

要求品質と実際の加工賃とのミスマッチはありますが、弊社が提供する品質に
このAグレードの手の加え方は、必要不可欠なものです。
「人を育てる服作り」を実践するには、さらなる努力が必要である!と痛感しました。


※DVD購入希望の方は、上記「日本モデリスト協会」のHPから入ってください。

絶対に買うべき!見るべき!

 
タグ:モデリスト
posted by ミズミズ at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本モデリスト協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする